- 2009-11-11 (水) 23:27
- diary

ゲームは楽しいです。娯楽だから当然です。結局何が楽しいんだろう?
上の写真は昔「地球防衛軍」というゲームを友達とやってる時の僕です。このゲームは対戦もできて、3Dフィールド上をお互い武器持って撃ち合ったりスナイピングしたりしてバトルできるゲームだったのですが、画面が左右2分割なので互いの動きが見えてしまっていたので、家の戸を外して2人の間に立てかけ、お互いの画面が見えないようにして楽しんでいるところです。
僕にとっての地球防衛軍の思い出・楽しさは、こうやって家の戸まで外して楽しもうとしたアホな思い出をひっくるめての楽しさです。
あるいは「007-ゴールデンアイ」という、これまた複数人対戦ゲームがあったのですけど、そのソフトの思い出は、ゲームを持っていた友人の家がゲームの巣窟となり、本人がいない時でもいっつも007やるほどたむろしていたせいもあり、その友人が留年した(んやっけ?)という情景ひっくるめてが思い出なんです。
ゲームの楽しさにもいろいろあって、画面に没頭させる類の楽しさもあるんですけど、僕の場合、あとから思い出される楽しかったゲームっていうのは、結局のところゲームをやって場が楽しく盛り上がったかであったり、ゲームのネタで後日友達と冗談言い合ったりといった、ゲームしたことで発生したリアル友人とのコミュニケーションのほうにあるんだと思います。そのゲームがリアルなコミュニケーションにどれだけ貢献できたか。

「地球防衛軍」で隣の画面が見えて興覚めしてやらなくなった人もいるかもしれないけど、やろうと思えばこうすることもできたし、それはユーザーにとって素敵な思い出にもなってしまう。スーパーマリオの「キンタマリオ」という裏ワザなんて、特に何の意味もないんだけど、僕ら世代の共通言語として今でも話のネタになったりしてる。ちょっと話はそれるけれど、ゲームから「裏ワザ」がなくなったのは個人的にすごく残念なことだと思う。開発者も見落としていたバグを見つけたときの嬉しさとバイラル力たるや凄かった。今のバグは可愛げがない。
話戻して、これは個々の価値観で違うだろうけれど、僕の場合は「リアルな友人とのコミュニケーション」「その場が盛り上がること」に重きを置いてきたので、FF11のような不特定大多数とネット越しに繋がれるオンラインネットワークゲームの楽しさは分からなかった。そういう考え方は自分が企画して作るものにも表れていて、ハモニナペアゲーだったりパパパコメントだったりカシカリストだったり、大半がリアル隣人とコミュニケーションするためのものを作ってます。
一方、ネット上の広がりすぎたコミュニケーションもとても革新的なことだし、僕もそれによるメリットをたくさん享受してきたと思っているのだけど、リアルとバーチャルで性格が違う人が結構いるという点においていまだに馴染みきれない。と言ってる僕本人が、リアルでほっとんど話すネタもない、飲み会でも粛々とカシスウーロンを飲むようなインナーな性格なのに、かたやブログとかtwitter上で、読む人意識してちょっと面白いことを書こうとしてみたり、みんなの同意を求めてみたり、そういう乖離がとっても気持ち悪く感じる。ネット上だけで饒舌だったりするのは人間としておかしい気がする。
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Comments:1
- pon 09-11-12 (木) 19:29
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いやいや、リアルでも良い人でしたよ!
以前に、お宅でやったteracoでは良い刺激を頂きました!
影響受けすぎて、オモシロ法人に転職してとある携帯ゲーム作ってますw
余談ですが、僕はカシスオレンジが好きです。
東京teracoって最近やってます?やってたら行きたいです